普通になりたいと思うことがある

こんにちは皆さん。
B子です。
今日は日曜日。
どこかへ出かけられますか?♬
私はサラリーマンの頃(今もサラリーマンですが)、
土曜日に外出するなら外出して、
日曜日はひっそりと家で過ごすことが多かったです。
それは、月曜からまた疲れるのが分かっているので、
無駄な体力消耗を避けるためだったのかも
しれません苦笑…
どこまで社畜なんだ…苦笑…


さて突然ですが、
私は時々普通になりたいな〜と
思うことがあります。
普通の生活が送りたいな〜と言った方が、
正確かもしれません。

昔から、
「普通は嫌だ、普通なんてつまらない。
他の人と同じ人生を歩むなんて、
自分が存在している意義を見出せない」なんて
生意気なことを考えていました。
それも幼稚園児の頃から…苦笑
相当捻くれ者なのは承知です。

そのせいか、
私は他の大勢がAという選択肢を選択すれば
Bを、Cと言われればDを、と言ったように、
周りとは違う行動を取ることを意識して来ました。
常に少数派に回るようにあえてしていたのです。

なんでこんなことをし出したのか、
自分なりに考察してみましたが、
恐らく家族の中での立ち位置と大きく関係していた
のだと思われます。
兄弟が4人。親からの愛情も4人で取り合い。
1番上は無条件に愛される(初めての子だからね)。
1番下はいつまでも赤ちゃん扱いされて赤ちゃんびいきされる。残った中間子は自分から愛情をもぎ取るために
作戦を練る必要がある。
そこで私が考えたのが、
「希少性」だったのかもしれません。
他の兄弟と同じことをしていては注目してもらえない。
特別に可愛がってもらえない。
だから、自分が他の3人とは違う子供だという
アピールをしよう!
そういう思考回路が幼いながらにあったのかもしれません。

その結果かどうかはわかりませんが、
(私の人生はまだ短いですが、
それでも)今まで結構色々ありました。
変化の多い、安定していない過去…。
そしてこれからも、どうも安定する兆しが見えません…苦笑

ここまでくると、
なんかもう普通に憧れるわけです…。
普通の生活(人生)に憧れるわけです…。
まぁ、この場合普通の生活って何だって話から
始めるべきなのでしょうが…。

ここでいう普通の生活とは、
一定の土地に住み、
ある程度の期間同じ住居に住み、
ある特定の言語を使い、
昨日と今日の生活に劇的な違いのない、
そんな生活のことを指すとします
(私が勝手に想像して定義した憧れの状態です)。
まぁ、端的に言ってしまえば変化の少ない
平凡な日々と言ったところでしょう。

そしてそこに行き着くためには、
今までのような捻くれた数々の選択行動を
改める必要があるんだろうな〜と思うわけです。
※性格(あるいは価値観)→行動→生活
という連鎖があるものと仮定しています。

ところで現実はどうかというと、
例えばここ10年のスパンで考えてみると、
さっき定義した「普通」には程遠い状態と言えます…。
住む場所は1年単位で変わることも多く、
引っ越し貧乏に…。
それも同じエリアではなく、「〜圏(関西圏とか)」
というレベルで違う場所に点々と…。
言語もかつては日本語だけだったのに、
いつのまにか3言語くらいをグダグダ使うように…。
仕事も部署が変わり、子供も生まれ、
色々なことが目まぐるしく変わっていく…。

INTP型って(いつもこの話を持ってきてごめんなさい笑)、頭の中が忙しく変化し続けてるので、
別に周りの環境に大きな変化がなくてもいいんです。
少なくとも私はそう感じています。
頭の中も外も変化だらけ(刺激だらけ)だったら、
ちょっと疲れてしまいます…。

地に足をつけた状態で、
どっしり構えた状態で、
色々なことに取り組んでみたいと思うわけです。

ならその変な性格を直せよって話ですが、
残念なことにこの性格を心底嫌ってはいない
自分がいるわけです。
この性格だと生きづらいのは分かっているんだけれど、
でもバイバイするのはどこか寂しい…。
こんな自分が好きな自分もどこかにいるのも事実…。

結局こんなんだから、
何も変われないのかもしれませんね…苦笑

もう自分、天邪鬼だ…笑笑
ただのワガママ野郎だ…笑笑

このままの性格だと本当に安定した生活が
手に入らないのか、
もうこうなったら実験してみましょう笑
自分で身をもって経験すれば、
はっきりと答えがわかるでしょう笑…(やけくそ)

INTPの皆さん、
こういう心の板挟みになったこと、ありませんか?
私だけではないことを願います苦笑……