読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

宮部みゆきの「蒲生邸事件」を読んで

最近小説が読みたくなって、
図書館へ駆け込んだ。

小説が読みたい時って、
大体違う世界に行きたい時、
つまり、現実逃避がしたいとき笑


この小説を選んだきっかけは、
たまたま図書館で本棚と本棚の間を
ウロウロしていて目にしたというのもあるが、
もう一つのきっかけは、
この小説が昭和の時代に連れて行ってくれる
からだ。

どうしてもビジネス本とかだと
現実の世界から離れることはできないが、
小説なら今の現代から丸っ切り切り離してくれる。
そこが魅力的だと思った笑

タイムスリップがこの小説の
大きなキーポイントになるのだけど、
それがとっても暗い印象を放っていて、
その暗さこそが、この小説の特徴とも言えた。

設定が明るくないということについては、
主人公がまず社会的な立場がないような
状態だということも一つある。
彼は浪人生で、高校生でもなければ、
大学生でもない。
そんなふわふわ宙ぶらりんで
憂鬱が常な彼が試験を終えて
東京の街をぶらぶらと歩く様子は、
暗い影を放った時間旅行者の男性が
何処か分からない時代へ
ふらっと行っては戻ってくる様子と、
どこか似ている。

もう一つ、
面白い点がある。
それは、タイムスリップする先の時代が、
主人公の生きている時代とかけ離れた距離
でないという点だ。
二・二六事件の前日に到着した主人公は、
その時代のある女性と出会う。
その女性がおばあさんになった頃、
本来の時代に主人公も生きているのだ。

ある日の記憶を共有した
2人の再会という設定を図った点が、
ただの時間旅行に、細い現実との繋がりを
作り出している。

小説全体の流れを通して、
どこにも着地することなく浮遊していた
主人公が徐々に現実世界で着地し、
自分の影を取り戻し、
幽霊から人間へと変化する姿が
面白く描かれた小説だと感じた。

仕事を辞めるかもしれない。

仕事を辞めるかもしれない。

 

 

こういうことは、

自分の身に降りかかって来ない限り、

いくら自分の仕事の愚痴を普段言っていても、

頭の中で現実的なものにはならない。

 

私の場合、

今まさにこの問題にぶつかっている…

 

まずい笑…

普段冷静でいるつもりが、

全く冷静に考えられない。

 

よく性格診断なんかで、

「物事を決断するとき、感情を優先するか、

合理性を優先するか」

といったような質問項目があるが、

これは実に直面していふ問題の深刻さに

よるのではないかと、

つまり、この質問自体、

説明不足で結果の正確さが危ぶまれるのでは

ないかと思う。

 

そんなこと呑気に考えている場合じゃなかった…

そうそう、自分はどうしたらよいのだろう?

うーむ、悩ましい。

 

元々ことの発端は、

夫の転勤なのだ。

私に与えられている選択肢としては以下になる。

 

❶自分だけここに残って仕事を続ける

❷一緒に自分も転勤して違う部署で違う仕事をする

❸一旦正社員を辞めて、派遣にする

❹一旦正社員を辞めて、パートをする

❺会社を辞めて、正社員の転職先を探す

 

 

合理的に考えれば、

❷と❺が残る。

❶は家賃が別で発生するので、

出来れば避けたい。

 

しかし、

私の中でもう1人の子供の自分が

声をかけてくる。

「なりたい夢、あったんじゃなかったの?

その夢を叶えるための判断をした方がいいよ!」って…

 

その選択肢が、

❸と❹になる。

お給料は確かに減るし、

仕事場でももしかしたら、

というか恐らく今より

大変なこともあると思うが。

夢への投資の時間は確実に確保できる。

そして、

今まで夫に当たり散らしていた醜い私も、

仕事の時間等がより制限できる分、

恐らく現れる頻度が少なくなるだろう。

 

うーむ…

悩ましい。

 

けど、

おそらく私は子供の頃の自分の声を

聞いてしまうのだろうな…

 

完璧な喫茶店

私には、

特別お気に入りの喫茶店がある。

それが、「椿屋」だ。

f:id:vividbanana:20170315140830j:image

 

パスタも美味しい、

ケーキも美味しい、

紅茶も美味しい、

コーヒーも美味しい、

サービスもハイレベル。

 

例えば紅茶は、

椿屋のブレンドティーの香りが、

なんとも言えないいい香りなのだ。

アッサムとかダージリン単体よりも、

マイルドな感じ🌼

優しいテイスト🌼

カップもお皿もロイヤルコペンハーゲン

で統一されている。

 

ケーキは生クリームも生地も果物も

値段を出すだけあるなぁという感じ。

流石に頻繁には行けないけれど、

もしも行けるなら毎日通いたいくらい。

 

お店の雰囲気は、

仕切りがたくさんあって、

隠れ家みたいな感じかな。

INTP 型の私のような人間であれば、

誰にも邪魔されず、

思う存分1人の時間を楽しめる空間が演出

されている🌼

 

音楽はクラシックで、

心がとっても落ち着く。

 

こんなに私にとって居心地のいいお店は、

他にないんじゃないかと思う。

 

INTP 型の人などに、

ぜひおすすめしたいお店です🌼

 

ノクターン第一変調ロ短調Op.9-1

私が大きなストレスを感じて

心を休めたいときは、

いつも決まってこの音楽を聴く。

 

心が疲れているときは、

どんな些細な外的から来る刺激でも、

敏感に察知して、

余計に神経質になってしまうからだ。

 

そんなとき、

この音楽は本当に心を休めてくれる。

 

短調なこともあって、

自分の気分にぴったりとフィットする。

 

私は音楽の知識なんてないけど、

音とか色って、

本当に人の心理状況に対して

効果を持つんだろうなとしみじみ思う。

 

私は都会の生活のほとんどを嫌っている。

その理由の一つには、

この音があるんだと思う。

 

都会には、不快な音が多すぎる。

私の頭の中で音から連想されることは、

例えば以下のようなもの笑

 

【電車の音】

→満員電車、窮屈、性格が悪くなる、人身事故、恋人との別れ、生き埋め、ゴミ箱、自殺、永遠

 

【オフィスの音】

→切迫感、嫉妬、怒り、屈辱感、罵倒、絶望、監獄、地獄、脱人間化

 

自分の直接経験と間接経験

(見たり聞いたりしたこと)が音と連動し、

大抵私が経験したマイナスイメージのものほど

毎日触れる音だから、

だから都会が嫌いなのだ。

 

絶対にどうにかしてでも

今の音環境から抜け出してみせる。

 

 

 

 

 

サラリーマンの憂鬱 〜教育編〜

サラリーマンやってると、

日々色々思うことがありまして、えぇ。

 

例えば、

先輩:

「なんでこんなことしてるんだ?!

これは何でやってないんだ?!」

自分の心の中:

「それ、教えてもらってないんですが!!

自分の頭の中だけでそこまで行き着くのは

無理があります!!!」

 

的なことはどなたでも日常茶飯事なのでは

ないでしょうか?特に新米は…

 

ゆとり世代の私目線で言わせて頂くと、

怒るのは、いいですよ。ハイ。

でもね、

そこに愛があるとこちらに感じられない

場合は、早々にやる気を無くしますね。

 

例えば学校で、

生徒のことをいつも思いやっている

教師がいて、そのことを生徒も日々感じている

とします。そんな先生が涙ながらに

「君たちにはガッカリした。もう帰れ!」

って言ったとしたら、

恐らく昔の学生同様帰らないでしょう。

その場で反省するでしょう。

 

でもね、

これが本当にただ怒鳴っているだけで、

自分たちのことを大切にしてないと感じたら、

すぐ様戸惑いなく帰りますよ。

そう言われても絶対帰らないのが生徒的な、

昔の無条件のルールなんてものはもはやない

わけです。

 

だって、そうする意味が見出せないから。

こちらも不快だと思ったら、

合理的な?行動を取ります。

そういう価値観なんです。

 

会社の話しに戻しますと、

後輩を叱るときは、

ぜひストレス発散ではなく、

愛情をもって、本人のためだと思って

叱ってほしいですね。

 

これ、ワガママかしら?

サラリーマンの朝の憂鬱

サラリーマンの朝の気分は、

その日が何曜日かとか、

天気はどうかとかいったことでも変わる。

 

私の場合は、

【月曜日の朝】

絶望感で目覚ましより先に目がさめる

【火曜日の朝】

あぁ、また1日が始まってしまった…

【水曜日の朝】

まだ半分かよ…

【木曜日の朝】

まだあと1日もあるなぁ…1週間って長いな…

【金曜日の朝】

明日は休みだ♪今日は絶対早く帰りたい!

【土曜日の朝】

幸せ〜🌼

【日曜日の朝】

え?!もう休みが1日しかないの?!

 

大体これの繰り返し。

まるでハムスターの回し車みたいな感じで

エンドレス…

どうせそんなに給料も上がらないから、

こんなの何十年もやってられない。

遠藤周作の「女の一生」を読んで

遠藤周作の作品は、

恥ずかしながらこの「女の一生

というタイトルの、

菊が主人公のものしか読んだことがないが、

とても印象的で、心に後遺症が残るほど

悲しい結末だった。

 

1番私がこの作品で驚かされたのは、

主人公の菊の心情が、

女性のそれだったこと。

普通男性が女性を描写すると、

「そんな女性いませんけど」っていう

人になってしまったりするのだけど、

この菊は、私の拙い表現から言わせてもらうと

真の女性だった。

 

後遺症が残ったのは、

この菊という女性が読者の忌み嫌う男性の

思い通りになってしまうシーンから。

ショックのあまり怒りが止まらず、

こちらの精神状態をこじらせるほど、

その内容はひどかった。

 

そこには儚い希望と、醜い欲望、嫉妬、

裏切り、弱さが交差していた。

 

読者にとって幸せであってほしい菊と

菊の恋する彼は、弱さや儚さの代名詞に

なってしまい、

何度も死がすぐそばまで押し迫ってくる。

 

そして読者が嫌う存在である男性(名前忘れました)は、卑しさ、醜さ、嫉妬や裏切りの

代名詞だった。

彼は菊と菊の恋人との切ない恋を嫉妬し、

する気もない約束を菊と交わすことで

2人の世界に忍び込むことになる。

菊は愛した恋人とキスをすることもないまま

、あの醜い男性に体を売ってしまうのだ。

 

そのシーンでは、

彼女はもはや死人として映し出されている。

必死に抵抗するような

活力が描かれることはなく、

ただただ客観的な、そこに自分はいない

とでもいうような、

力の存在しない描写ばかりが描かれている。

死体を死体と気づかずに頬張る

醜いハイエナのような男が、

菊の心と肉体を切り刻む様子が、

読者の心にも深い傷を残す。

 

私がこの本を読んで感じたのは、

その弱くて脆くて儚い菊が、

全てを許すということが

この本のテーマなのだということ。

 

キリスト教がベースになっている書籍なので、

勿論そちらの方面から見える景色も

沢山ある物語なのだろうけど、

無知な私でも、感じ取る所の多い、

とても印象的な本だった。

 

また改めてゆっくりこの本の感想を書きます♪