無事出産致しました!

暫くブログを更新しておりませんでした、
失礼いたしました💦

実は、
先日無事に元気な赤ちゃんを出産致しました!
産後の入院等でバタバタしており、
なかなかブログを更新出来ませんでした💦

子供を産むということ、
この行為自体私にとって初めてで、
とっても新鮮で、掛け替えのない体験になりました☺️✨

ちょっとだけ、
私の出産に対する感想を書き記しておきますね。


一般的に、
出産って、赤ちゃんを生み出す時が、
つまりいきむ時が一番苦しいと思われがちかも
しれませんが、実はそれよりも、
いきんではいけない段階の方が苦しい場合が
多いそうです。
出産の過程は分娩第一期から第三期に別れており、
産む時、つまりいきむ時というのは、第二期に当たります。
第二期に移る直前の第一期の段階では、
子宮口が全開大といって、10センチ開くくらいにまで広がっていきます。

子宮口が10センチに達したら、
もう子宮口が裂けたりする恐れが少なくなるから
いきんでもいいのです。
しかし、9.5センチとか、10センチになる直前では、まだいきんではいけません。

陣痛と共に、赤ちゃんはだんだん下に降りてきて、
痛みは腰から肛門辺りまで、
段々と下がっていきます。
もう生まれる!って思ってしまうくらい、
骨盤の下のところまで痛みが下がってきて
どうしようもなく苦しいのが、第一期の最後です。
ここが、一番苦しい。

例えて言うなら、
自分はカンフーを習っていて、
充分戦える力を持っているのに、
相手にコテンパンになるまで殴られる。
もう死ぬんじゃないかってとこまで我慢して、
そこで審判が鐘を鳴らしたら反撃可能みたいな笑
とにかくそんな感じで、どう痛みを耐えるか、
痛みに対抗しないか、痛みを逃すかが重要なのです。

助産師の方に教わった「ヒッヒッフー」の
呼吸法も、この段階に入るともはや
「ヒッヒィ〜〜〜‼︎‼︎‼︎‼︎」になってしまうくらい、
痛くて苦しかったです。

私のお産は、
赤ちゃんが横向き?になっていて、
通常なら帝王切開になる分娩だったそうです。
産道も狭く、赤ちゃんにとっては出にくかった
そうです。
「もうすぐ生まれますか?」と
助産師さんに分娩室で聞いた時、
「まだ当分かな…」という回答が返ってきて、
私はとっさにそんなの嫌だ!と思いました。
だって、その時陣痛が始まってすでに30時間
以上が過ぎていたのでしたから。
二晩寝ていませんでした。
ずっと、5分間隔くらいの痛みに耐えてきていて、
もう気力も体力も限界に近づいていました。

こうなったら毎回のいきみを丁寧に、
全力を尽くすしか近道はないと考え、
とにかく助産師の方にアドバイスいただいたこと
を実践していきました。
そして、なんとか産み出したのです。
当分と言われて1時間後には産んでいたと思います。

赤ちゃんが生まれるとき、通常はまず頭が
出てきます。頭が出るまでは、
「髪の毛が見えてきましたよ!」とか言われて、
少しずつ外に顔を出してきます。
しかし、頭が出てからは、ブルリンッと全部
出てきます。多分先生とかが引っ張り出してくれてるのもあるのかな…?いかんせんよく自分では
見えませんから、詳細は分かりません。
でも、他の女性も、ブルリンと表現していました
ので、まぁそんな感じなんでしょう笑

出産に関して総じて言えるのは、
女性は痛みと離れられない関係にあるということ
ではないでしょうか。
出産も勿論痛い、出産した後も、子宮収縮の痛み、
会陰切開したなら膣の痛み、帝王切開なら帝王切開の痛み、腰痛等が待っています。
赤ちゃんに母乳をあげるときも
乳首が切れるような痛みを毎回味わいます。
乳房が張る方なら、張りの痛みで夜眠れない
こともあります。
出産時のいきみ方次第では首が痛い人や、
奥歯が痛い人など、症状も多岐に渡ります。
なんでこんなに女性ばっかり痛い思いをしないと
いけないのだろう?と考えてしまうくらい、
痛いことだらけです。

また、このことによって、
生まれてきた赤ちゃんは、
どんな顔をしていても、可愛く見えます。
どんなに皺くちゃでも、可愛いのです。
痛みの代償として、言ってみれば
「この痛みはすべて赤ちゃんのため」という、
痛みの理由付けの効果でしょう。
その愛おしいと思う感情によって、
その後の大変な子育てにも、耐えられるのでは
ないかと思います。
生物って、よくできていますね!

夫との会話(INTP×ISTP)

今更ながら、
もうすぐ生まれる我が子がどんな子になるのか
気になり、心積もりとして夫に幼少期の様子を
尋ねてみた…。

INTP妻:「ねぇ、小学生の頃、あなたどんな子だったの?
ちなみに私は、結構孤立してて、あまり友達多くなかった…。それから、つまんなくて結構学校休んでたわ笑💧」

ISTP夫:「先生とよく喧嘩した…。」



………シーン…( ˊ̱˂˃ˋ̱ )………




お互い問題児じゃねぇか……。



ISTP夫:「僕たちの子供は、友達がいっぱい出来るといいね!(*⁰▿⁰*)🌟」

INTP妻:「いや、どう考えてもムリでしょ爆笑!
あんた友達たくさんいたの⁉︎」

ISTP夫:「いや、多くはなかった。2.3人と常に一緒にいたかな…?」

INTP妻:「私たちの子供だから、あんまり私たちが出来なかったことを期待するのは良くないよ…。
友達は、多分少ないだろうね…。まぁ、仕方ない。
親がこれだもん…。( ;∀;)」


どんな子になるのか、楽しみだな…

安部公房「砂の女」を読んでみた

安部公房(東大医学部卒の作家、脚本家等)の
砂の女」が前から気になっていたので
図書館で探してみたところ、全集しかなく、
そこに載っていたのは読みたかった長編小説では
なく、映画のための簡略化されたものだったが、
とりあえず読んでみた♪

感想を一言で言うと、
やっぱり大衆向けの一般的な小説とは
全く違うタイプの、文学チックな作品だなという
感じ…。

文学的な作品って、
私の中の理解だと、その作品の内容が単なる
ハッピーエンドとかバッドエンドとか、
面白いとか残酷だとか、そういう単純明解なもの
ではなくて、そこから色んな解釈や飛躍が可能な、
議論を呼ぶようなもの。

例えば、こういう風にこのシーンを解釈できるのでは?とか、ここのこれをこういう風なものとして
読み進めると、これはあれを象徴しているのではないかとか。議論の余地がより広範囲なもの。

そういう意味では、
(長編のやつを読んでない状態でいうのもなんだが)
この作品は本当に意味深く、端的に読み込むことは
まず無理なんじゃないかなという感じだった。

私がこのストーリーを読んでいてまず連想してしまったのは、監禁等されていた被害者が、
加害者から逃げ出すチャンスを得ても、
だんだん逃げなくなるという実際の事件にあるケースだ。
(まぁ、現にそういうストーリーなのだが笑)

「なんであの時逃げなかったのか」とよく
第三者から指摘されるような事件があるが、
被害者の心理としては、もう逃げ出せなくなっているんだとか。だから、たとえ鍵が開いていたとしても、逃げ出せない…。
この辺の心理については理解不足なので、
学ぶ必要があるが…。

主人公の男は、小説の最後なんとも無しに地上に
出られたのだが、逃げるということは、
その時にはもはやさほど重要で急を要すること
ではなくなっており、逃げ出さなかった。



人間は残酷にも、どんな環境にも可能な限り適応
してしまう能力が備わっている。

日常生活でも、多少気にくわないことがあっても、
我慢し続けるにつれて、それを受容してしまう。

この小説の場合、
送っている生活は、とても居心地のよい環境ではない。
砂漠の下で、砂に家が埋もれそうになりながら、
毎日落ちてくる砂を払い落とす仕事をしては、
貴重な水を配給してもらいながら知らない女と2人で生活する日々。
テレビもない。本もない。
ただ、砂で家が埋もれないように、
毎日砂を払い落とすという同じ作業を繰り返す日々…。
砂漠なので、太陽は照りつけ、昼間は寝るしかない。

そんな退屈な生活の中で、
次第に主人公の男は女と関係を持つようになる。
それは、最初からその集落の住民に期待されていたことなのだろう。
ここでは、人手が足りないのだから…。
旅行者なんかが迷い込んだら、この男のように、
突然どこかの砂の下の家に閉じ込められる。
そんな犯罪を繰り返してなんとか集団を保っているのだ…。

こんな生活のシーンでも、
少し幸せそうな瞬間も垣間見られる。
それは、例えばテレビを買うために、
女性が内職をしているシーン。
勝手な解釈だが、テレビは1つの家庭の象徴とも言えるのではないだろうか。
それまではそんな一般的な家庭にあるものも何も
なかった生きるためだけの空間に、
「平凡な家庭」を連想させるテレビの存在を
呼び込む。
無論テレビはまだ手に入っていなかったが、
それを手にするための内職をすることで、
少しでもその空間に平凡な家庭という幸せの
匂いを漂わせているように感じる。

これは、どんな環境に置かれても、
ささやかな幸せを感じようと、あるいはそういったものが存在するということを仄めかしているようにも思える。
「当時は辛かった…。でもそんな中でも、
こんな楽しみも確かにあった。」とでも言うように。

これはよい悪いの議論の前に、
人間にはそういう性質があるのだということを言っていると同時に、その危うさも指摘しているような、そんな気がした。

この小説については、
ちゃんと全文読んでから、
再度内容について考えてみたい。

とりあえず上っ面の感想を忘れないうちに笑…

「記憶がウソをつく!」を読んでみた

養老孟司氏の書籍を読むのは個人的に好きなので、
この本も手にとってみた♪

内容はアナウンサーの古舘氏との対談形式に
なっていて、記憶にまつわる色々な疑問について、
養老氏に尋ねるというスタイルだった。

ただ一点残念なことがあり、
というのも、養老氏よりも、
このアナウンサーの方がはるかに発言量が多い…。

私としては、養老氏の意見や思想を知りたいのに、
アナウンサーの方がベラベラと喋っていて、
途中で読むのを辞めようかとさえ思った。

話しすぎる人は、あまり好きになれない。
特に、その発言内容がその量を必要としているとは
思えない場合に…。
もう少し端的に尋ねればいいのに、何をクドクドと
喋っているんだと…。
少し苛立ちを覚えてしまった…。
せっかくの養老氏の回答が、一行とかになってしまっているではないか…!!


この書籍の中で面白いなと思った点は、
5感についての内容と、現代人の死の意識についての内容と、リセットという日本人の特徴についての
話題だ。

まず5感については、
よく知られているように視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚からなっているのだが、
この5つのうち、味覚と嗅覚だけは、少し様子が異なるということ。
この2つの感覚は、刺激が脳の新皮質以外に、
大脳辺縁系という古い場所にも届けられるらしい。
その古い場所というのは、野生的というか、
原始的な、人間の本能にまつわるような場所で、
だからこそ、お袋の味とか、特定の匂いに
感情が揺さぶられるのだとか。
また、言葉で表現しづらいのも、それが理由なんだとか。
うーむ、面白い…!
ちなみに、他の3つの刺激は全て新皮質に届くのだそう。

死については、前の書籍とも内容が被るのだけど、
現代人は情報とかなんでも自分の外部に委託する
ようになったから、例えば情報は、頭の中に入れて
噛み砕くということをせずに、頭に入れておくのは
そういう情報の使い方だけであって、内容は外に
保管しておくのだそう。
死についていえば、家で看取った時代から、
全てを病院と葬儀屋に外部委託するようになって、
死を見つめることをせずに、むしろそのことについて考えずに済むようにしてしまったということ。
だから、自分は死なないと、考えてしまう。
少なくとも、日常の人生計画を練る時には、
自分が死ぬということは度外視した計画を作ると。
なるほどね!たしかに。

最後にリセットについては、
日本人はそもそも中国やら朝鮮やらから移住してきた移民族だから、リセットが得意なんだとか。
過去をなかったことにして、新たな時代を作り出す
ことに長けているとか。
〜時代とかって名前を思い出した時に、
その前の時代はなかったことにしてるとのこと。
※歴史苦手なのでそれについてはピンと来ませんでしたが苦笑
それに加えて、自然災害が絶えない土地柄のせいも
あって、リセットに慣れざるを得なかったとか。
この特徴は、確かに面白い。

INTP✖︎幼少期(漫画)

いつものように独断と偏見でw

 

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私が保育園の思い出として覚えているのは、

ジャングルジムから落ちた時の映像と、

あとはこの漫画にある、遊具スペースでの恐怖体験くらいだ…苦笑

 

どちらもトラウマ的な要素として

強く脳裏に焼き付いている。

 

特に遊具スペースでの遊びは、

なぜかものすごく恐怖に感じていたのを

覚えている。

 

色んな子供の喚き声と走り回る様子が、

私には恐怖にしか思えず、

とても遊ぶなんていう余裕はなかった。

 

スペースを区切るために設けられた敷居も、

私には檻にしか見えず、

逃げ出そうとしたが当時の身長では出ることが

出来ず、先生に必死に助けを求めた…!

「先生!私をここから出して!!」

でも残酷なことに、先生は

「ダメです」としか言わず、

私を救い出してはくれなかった…。

その時のショックは相当のもので、

そのあとどうしたのかは、一切記憶がない笑💧

 

家に帰っても、

親に「今日先生に檻に入れられた!」

と訴えていたそう…苦笑…

 

当時からうるさい場所や人が大勢集まっている

場所を極端に嫌っていたんだな〜と思うと、

もう救い用ないわ…と諦めがつく…笑

 

そういえばただ今臨月ということもあり、

母に色々出産についてアドバイスしてもらおうと最近電話したのだが、

その時に母は母子手帳を持ってきて色々

記録されているのを見ながら話してくれた。

 

母:「え〜っと…あぁ、あったわよB子の母子手帳

3500gで生まれてるわね。

予定日を2週間も過ぎてるわ笑。

あんまりこの世に出たくなかったのかね…?笑」

私:「まぁ、基本的に引きこもり体質なのはその頃からなのかね笑💧」

母:「あら、保育園でのことが書いてある。

読むわよ。

『緊張しているせいか、集団になかなか馴染めていないようです』だって…」

私:「え…。母子手帳に書いてあるんだ…。

あの時からもう自明だったのね…涙

ちなみにほかの兄弟のには書いてないの?」

母:「ん?書いてないわね。あなたのだけそう書いてあるわ笑💧」

私:「…それ、緊張しているせいじゃなくて、その先何十年もそうだからね苦笑…😭」

母:「ははは苦笑😓」

 

もう、なんというか、

言葉が出てこない…。

 

これはもう、

生まれつきって、やつ?…

 

INTPのみなさん、

つらい幼少期時代の記憶、なかったですか?

あったら、コメント欄にてお聞かせください♪

私だけじゃないと信じたい…‼︎

 

 

 

Give it away

普段は心落ち着くショパンの曲をエンドレスで
流しているのだが、
時々激しい曲が聴きたくなる。

今日朝から聞いている曲は多分胎教的にはあまり
良くない?感じの激しい曲「Give it away」笑♪

http://ceron.jp/url/www.youtube.com/watch?v=b-iP7ZLTIBo

ギブィラウェイギブィラウェイギブィラウェイナウ♪

朝から壊れてて申し訳ありません笑…
多分、出産を間近に控えて精神状態がおかしく
なってきているのかと思われます…笑💧

心を鎮めて、今日も一日穏やかに過ごしましょ。

「ぐうたら人間学」を読んでみた

遠藤周作の「ぐうたら人間学」を読んでみた。
以前友人から紹介を受けて、そのまま読めずに今に至っていたからいい機会だった。

この本を読むより以前に、
遠藤氏の「女の一生」を読んでいたが、
そちらは心臓をえぐられるほどのエネルギーと
重さを感じさせる小説だったので、
さぞかし作者は真面目で重い性格なのだろうと
勝手に想像していた。

しかしこちらの本を読むと、どうもそうでもないらしい笑
ページ数は結構あったのだが、
冒頭から声に出るほど笑わせてもらった。

自身の薄毛についてユーモラスに語っていたり、
少し下品な話題を赤裸々に語っていたり、
親父ギャグのような部分もありで、
最後まで楽しませてくれる本だった。

やっぱり一冊の本だけからでは、
著者の人間性について知るのは無理なのだなと感じた。

どの書籍も彼であり、どの書籍も異なった色彩を
持っている。


たまには、ああいうエッセイみたいなものを
読むのも悪くない。

ところで遠藤周作は2人兄弟の弟の方らしい。
兄は成績優秀で、遠藤氏の尊敬の的だったとのこと。
一方自身は幼少期少し頭が弱く、
不出来だったとのこと。
まぁ、これは謙遜しているだけなのかもしれないが…。

実際のところ、遠藤氏の出身校はかの有名な灘高校
だと書いてあったし…。
当時はできの悪い生徒が入ったみたいなことが書いてあるが、私にはどこまでのレベルでの話かも分からないわけで…。

幼少期少し頭が弱かった話に戻るが、
そのエピソードの一つとして、庭の花やりが挙げてあった。

彼の母は、彼に「毎日水やりをしたら、お花が咲きますよ」と言ったらしい。
そこで彼は、毎日水やりを欠かさなかった。
雨の日も…。

傘をさしながら水やりしている弟を見た兄が、
母親にそれを知らせ、「雨の日は水やりは必要ないでしょ?」と言われて初めて遠藤氏は「あ!そうか」と気がついたらしい笑

これ、たしかに面白いエピソードだが、
自分にもこんな感じの恥ずかしい失敗(?)談が
探せばありそうで、少し共感というか、
同情してしまう…。



また、彼はものすごく好奇心旺盛な人物で、
色んな動物を飼ったり、最新の商品を手に入れたり、幽霊スポットに足を運んだりと、
とにかく身体が先に動いてしまうようだ。

新しい商品に関して言えば、例えばトイレ。
当時なかった自動でお尻を洗ってくれるトイレが
欲しくなって買ってしまったり笑…

ロジャース氏のイノベーター理論でいうところの
イノベーターに彼は違いない笑

人間味を最初から最後まで感じさせてくれる、
ほっこりした書籍だったƪ(˘⌣˘)ʃ