INTP✖︎幼少期(漫画)

いつものように独断と偏見でw

 

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私が保育園の思い出として覚えているのは、

ジャングルジムから落ちた時の映像と、

あとはこの漫画にある、遊具スペースでの恐怖体験くらいだ…苦笑

 

どちらもトラウマ的な要素として

強く脳裏に焼き付いている。

 

特に遊具スペースでの遊びは、

なぜかものすごく恐怖に感じていたのを

覚えている。

 

色んな子供の喚き声と走り回る様子が、

私には恐怖にしか思えず、

とても遊ぶなんていう余裕はなかった。

 

スペースを区切るために設けられた敷居も、

私には檻にしか見えず、

逃げ出そうとしたが当時の身長では出ることが

出来ず、先生に必死に助けを求めた…!

「先生!私をここから出して!!」

でも残酷なことに、先生は

「ダメです」としか言わず、

私を救い出してはくれなかった…。

その時のショックは相当のもので、

そのあとどうしたのかは、一切記憶がない笑💧

 

家に帰っても、

親に「今日先生に檻に入れられた!」

と訴えていたそう…苦笑…

 

当時からうるさい場所や人が大勢集まっている

場所を極端に嫌っていたんだな〜と思うと、

もう救い用ないわ…と諦めがつく…笑

 

そういえばただ今臨月ということもあり、

母に色々出産についてアドバイスしてもらおうと最近電話したのだが、

その時に母は母子手帳を持ってきて色々

記録されているのを見ながら話してくれた。

 

母:「え〜っと…あぁ、あったわよB子の母子手帳

3500gで生まれてるわね。

予定日を2週間も過ぎてるわ笑。

あんまりこの世に出たくなかったのかね…?笑」

私:「まぁ、基本的に引きこもり体質なのはその頃からなのかね笑💧」

母:「あら、保育園でのことが書いてある。

読むわよ。

『緊張しているせいか、集団になかなか馴染めていないようです』だって…」

私:「え…。母子手帳に書いてあるんだ…。

あの時からもう自明だったのね…涙

ちなみにほかの兄弟のには書いてないの?」

母:「ん?書いてないわね。あなたのだけそう書いてあるわ笑💧」

私:「…それ、緊張しているせいじゃなくて、その先何十年もそうだからね苦笑…😭」

母:「ははは苦笑😓」

 

もう、なんというか、

言葉が出てこない…。

 

これはもう、

生まれつきって、やつ?…

 

INTPのみなさん、

つらい幼少期時代の記憶、なかったですか?

あったら、コメント欄にてお聞かせください♪

私だけじゃないと信じたい…‼︎

 

 

 

Give it away

普段は心落ち着くショパンの曲をエンドレスで
流しているのだが、
時々激しい曲が聴きたくなる。

今日朝から聞いている曲は多分胎教的にはあまり
良くない?感じの激しい曲「Give it away」笑♪

http://ceron.jp/url/www.youtube.com/watch?v=b-iP7ZLTIBo

ギブィラウェイギブィラウェイギブィラウェイナウ♪

朝から壊れてて申し訳ありません笑…
多分、出産を間近に控えて精神状態がおかしく
なってきているのかと思われます…笑💧

心を鎮めて、今日も一日穏やかに過ごしましょ。

「ぐうたら人間学」を読んでみた

遠藤周作の「ぐうたら人間学」を読んでみた。
以前友人から紹介を受けて、そのまま読めずに今に至っていたからいい機会だった。

この本を読むより以前に、
遠藤氏の「女の一生」を読んでいたが、
そちらは心臓をえぐられるほどのエネルギーと
重さを感じさせる小説だったので、
さぞかし作者は真面目で重い性格なのだろうと
勝手に想像していた。

しかしこちらの本を読むと、どうもそうでもないらしい笑
ページ数は結構あったのだが、
冒頭から声に出るほど笑わせてもらった。

自身の薄毛についてユーモラスに語っていたり、
少し下品な話題を赤裸々に語っていたり、
親父ギャグのような部分もありで、
最後まで楽しませてくれる本だった。

やっぱり一冊の本だけからでは、
著者の人間性について知るのは無理なのだなと感じた。

どの書籍も彼であり、どの書籍も異なった色彩を
持っている。


たまには、ああいうエッセイみたいなものを
読むのも悪くない。

ところで遠藤周作は2人兄弟の弟の方らしい。
兄は成績優秀で、遠藤氏の尊敬の的だったとのこと。
一方自身は幼少期少し頭が弱く、
不出来だったとのこと。
まぁ、これは謙遜しているだけなのかもしれないが…。

実際のところ、遠藤氏の出身校はかの有名な灘高校
だと書いてあったし…。
当時はできの悪い生徒が入ったみたいなことが書いてあるが、私にはどこまでのレベルでの話かも分からないわけで…。

幼少期少し頭が弱かった話に戻るが、
そのエピソードの一つとして、庭の花やりが挙げてあった。

彼の母は、彼に「毎日水やりをしたら、お花が咲きますよ」と言ったらしい。
そこで彼は、毎日水やりを欠かさなかった。
雨の日も…。

傘をさしながら水やりしている弟を見た兄が、
母親にそれを知らせ、「雨の日は水やりは必要ないでしょ?」と言われて初めて遠藤氏は「あ!そうか」と気がついたらしい笑

これ、たしかに面白いエピソードだが、
自分にもこんな感じの恥ずかしい失敗(?)談が
探せばありそうで、少し共感というか、
同情してしまう…。



また、彼はものすごく好奇心旺盛な人物で、
色んな動物を飼ったり、最新の商品を手に入れたり、幽霊スポットに足を運んだりと、
とにかく身体が先に動いてしまうようだ。

新しい商品に関して言えば、例えばトイレ。
当時なかった自動でお尻を洗ってくれるトイレが
欲しくなって買ってしまったり笑…

ロジャース氏のイノベーター理論でいうところの
イノベーターに彼は違いない笑

人間味を最初から最後まで感じさせてくれる、
ほっこりした書籍だったƪ(˘⌣˘)ʃ

「死をみつめて」を読んでみた

中学生までに読んでおきたい哲学と書いてあるから、手に取ってみた。
中学生はとっくに過ぎているけれど…。

こないだ読んだ「死を考える」に続いて、
また死をテーマにした本を読むのは、
少し重苦しいような気もしたが、
産休中という、こんな時にしか恐らく読まないだろうなと思ったので、選んでみた。

この本は、こないだの本みたいに、
1人の人が死についてどう思うかを、
過去の賢人たちの考察を紹介しながら書き綴る形式
ではなく、色んな人が経験したり考えたりした死を、章ごとに紹介するというスタイルだった。

中でも印象的だったものを紹介したい。

1つ目は、向田邦子氏の章だ。
こちらは、彼女が実体験として経験した周りの人の
死が描かれている。
身体障害を持った男の突然の自殺や、弟の同級生の母親の死、喫茶店店員の殺人事件…。
どれも読み手をドキッとさせるような、怖さを与える死だった。
これはすべて、小説の世界ではない。
現実に起こって、しかも身近に起こった死なのだ。

そういえば、私は身近に死を感じたことがない。
経験として、身近で亡くなったのは祖母だけで、
それも病院で亡くなったから、かなり距離の遠い死だった。
恐怖心もなければ、現実味も残念ながら感じられなかった…。
その場に居合わせた訳でもなかった。

なんとも皮肉なことに、私の場合その祖母の死よりも、テレビなんかで報道される殺人事件の方が、よっぽど恐怖心や切迫感を感じさせられるのだ。
また、被害者の気持ちやその時の状況などを、
無意識のうちに想像してしまう。

それでいうと女性の方が、直接自分に関係のない死などの不幸でも、まるで自分のことのようにショックを受けることがあるなぁと思う。
二次体験というやつか…。
男性は、どちらかというと、自分のこととしてはニュースの死の報道は受け取らないんじゃないかな…。かなり割り切って認識できているように感じる。
これはあくまで私の見解だけれども、
周りの男性を見ていても、以前気になった事件について調べた時にもそのように感じた。
端的に、女性の方が圧倒的に被害者になる場合が多いからというのが関係しているようにも思えるが…。

向田氏のように、幼少期から大人にかけて、
身近で死を知る機会が何度もあれば、
誰だって死について考えるようになるだろうと思う。
そういう経験をしていない自分にとっては、
このような具体的な経験談を読むこと自体が、
とても刺激になった。



もう一つ、松下竜一氏の章も、かなり印象的だった。
こちらは、読んでいて涙が暫く止まらなかった。

話を要約すると、
若い頃に病死した友人から、何年も後になってプレゼントが届いたという話だ。
もう死んでいるはずなのに、その友人は、
死ぬ前に自分の父親に最後のお願いと言って、
松下氏の子供が3歳になる頃に絵本を送るように
頼んだのだ。
それが届いた時の驚きは、言葉になる前に涙となって、松下氏の頰を流れた。

生きたいのに生きられない、
そんな苦しみに喘いでいる友人を持つことは、
残った者に対して、生きることがどれほど奇跡的で、
幸せなことかを教えてくれる。

昔は病気や貧困なんかが今よりも露骨にあったから、
クラスメイトや友達が命を失うという経験が、
今よりも頻繁にあったのだろう。
それが決していい事とは言えないが、
死に対する恐怖心や、死を見つめる機会が否応無しにあったということは、事実だ。

それが、今は殆どない。
だからこそ逆に、死がふわふわぼんやりとしたものになり、死を見つめることなしに、生を簡単にというか、よく考えることなしに捨ててしまう人がいるように感じた。

勿論過去にも、死を悲観的には見ずに、
辛い世の中から解放してくれる救いの場として
考えられていた時代や国もあるらしいから、
今だけある異常事態ではないのかもしれないけれど…。


最後に、岸本英夫氏の章も印象的だった。
こちらは何が印象的だったかと言うと、
彼が実際にガンになって死と隣り合わせの状況に
なったときに、結局行き着いた考えが、
よく生きるということだったという話だ。

これはまさしく、以前読んだ「死を考える」の
本に紹介されていた数々の賢人の意見と合致している。
勿論ソクラテス孔子などの教えは有名すぎるから、
その影響を受けたということも言えるかもしれないが、
しかし現実にそのような死と隣接した状況を経験した上で自分の中で落とし込めた死あるいは生が、
よく生きるという賢人の教えと一致していることは、
かなり説得力のある話なのではないだろうか。
つまり、賢人の言っているよく生きるということは、
何も机上の空論ではなく、現実としての生においても通用していることなのではないだろうか…?

この、よく生きるということが自分の中で具体的に
どういうことなのかは、これからじっくり考えていく必要があるが…。

あの頃に戻りたい

こないだ八百屋さんに行くと、
女の子がお母さんに連れられて野菜を見ていた。

そのお母さんはこの八百屋さんの常連さんらしく、
お店の人とも顔なじみといった感じだった。

レジをしている女性が、
その女の子に話しかける。
八百屋さん:「今日お母さんと来たの?^_^」
女の子:「うん!」
八百屋さん:「今何年生?」
女の子:「◯年生!」(聞き逃した笑💦)

会話をぼんやり聴きながら私も柿やら大根やらを
選んでいると、普段聞きなれない単語が耳に飛び込んで来た。

八百屋さん:「将来何になりたいの?」
女の子:「魔女🧙‍♀️!」

魔女!!…

その言葉を聞いた時、
ふと自分は大人になったんだなと思った…。
わたしにも、そんな時期があったなと、しみじみした…。



小学生だった頃、魔女の宅急便(ジブリの作品)が
大好きになり、主人公の女の子キキが羨ましくて
羨ましくて、私も魔女になりたいと思った。
魔女になって、空を飛びたいと、熱烈に願った…笑

そこで私が行った行動とは、
❶七夕の短冊に「私を魔女にしてください」と書く
❷傘☂️を開いた状態で、坂を駆け下りてジャンプする
❸傘☂️を開いた状態で、道路から田んぼめがけてジャンプする
❹玄関の掃き掃除を母親に立候補し、掃除をする前に毎日必ず、誰にもバレないように周囲を確認してからホウキにまたがり、意識を集中させ、宙に浮かぶのを待つ

とまぁ、こういったことだった笑…

当時は大真面目に全ての項目をやってみたのだが、
結局どれも失敗した。

でも、挫折感というよりは、この方法ならいけるんじゃ?!
的なワクワク感の方が強かったな…



誰にだって、叶わない夢を抱く時期がある。
そして、そんなときは、希望と夢に満ちている。

出来るとわかっている範囲のことだけで
頑張ろうとすることが、こんなにもつまらなく感じるのは、きっとあの頃の気持ちが忘れられないからなんだろうなと、ふと思う。

いい思い出を、蘇らせてくれて、ありがとう。

「秋の森の奇跡」を読んでみた

林真理子の「秋の森の奇跡」を読んでみた。

林真理子氏の本を読むのは久しぶりだ。
前回読んだのはもう6年前くらいになるんじゃないかな…?

なんでまた読み出したかというと、
タイトルに「秋」という字が入っていて、
ちょうど今の季節だし、秋を感じたかったから笑
ただそれだけ笑…

どんなストーリーかなと思って読み進めていくと、
なんと不倫ものだった…笑
妊婦が読むには少し刺激が強すぎる気がしたが、
取り敢えず完読。

感想は、う〜ん…。
多分私と同じ性格の人だと、
主人公の気持ちが一切理解できずに終わってしまう
小説だと思う。
主人公は、感情的に発言するし、
感情的に行動する。

結局2人の40代の男性と不倫をするのだが、
それもその時の感情に流されて…?という感じで。

ストーリーのもう一つの柱が母の介護なのだが、
認知症になりかけた母に対して哀れな気持ちになり、
施設に預けるという兄の意見を土壇場で無視して
自分と一緒に暮らすんだと言い張る。
そして、夫を置いて母の自宅に娘と一緒に3人で
暮らし始める。

母を自分の家に引き取って自分は仕事を辞めて
介護に専念すると言っていたのに、
突然母の家に娘と暮らし始め、
介護施設にはキャンセル料を払い、
かつ自分は仕事を辞めずに母を家政婦に任せるという、
言ってることとやってることが滅茶苦茶な女性…。
貯金も崩しながら…。
夫との離婚の危機に直面しながら…。
そんな家族が大変な時に時間を作って男性と不倫
を繰り返す女…。
娘の晩御飯を家政婦に任せて男と不倫して夜遅くに帰ってくる女…。
一体何がしたいんだろう…?

こういうタイプは、本当に苦手だ。

全く思考が理解できないし、
話し合いにもならない。
感情で物事を語られると、すごくイライラしてしまう。
じゃあ最後まで読むなよというツッコミも入ってきそうだが、そこはね…、一度読み進めたら、
最後まで一応知りたいのが、好奇心というもの♡

小説が最後どんな形で幕を閉じるのか、
少し気になったので読み続けた。

ネタバレになるのでこれから読む方は以下読まない
ことをオススメするが、
結局最後は2人目の不倫相手とホテルで愛し合う
シーンで終わる。

果たしてこの終わりが、「本当の愛を見つけました」というメッセージなのか、
「また騙されている愚かな40代女性」という
メッセージなのか、ちょっとよくわからない。
でも前者ではなさそうだな…。

夫が不倫をしたという被害妄想から自分が不倫を
始め、そこで「本当の愛」を探し求める既婚子持ち
女性……。
なんとも痛々しい…。
あぁはなりたくないな…。

というか、本当の愛って、なんだろう…?
無償の愛というやつか?…
基本無償の愛は親子関係で生じるものであって、
男女の関係では無理ゲーなんじゃ…?
結婚にしろ恋愛にしろ、結局お互いにメリットを
見出すから関係がスタートするし続くわけで…。
冷めたこと言ってごめんなさい。

でも、どうしても、
主人公の考え方と気持ちに共感できませんでした。
最後まで、「?」マークで終わってしまいました…。

「死を考える」を読んでみた

東大文学部を出て作家になられた、
中野孝次氏の、表題「死を考える」を読んでみた。

別に病んでる訳ではないのでご心配なく笑
普段から、こういうテーマにも好奇心が湧いてしまうタチなもので…

本書には、古代ヨーロッパを始め中国、日本と
世界的に死がどう捉えられて来たかを紹介しながら、現在の日本での死の変容が指摘されている。
つまりは、現代日本では、死が朧げになってしまっているのではないかということなのだが…。

今まであまり真剣に死について考えたことがなく、
というか考えられず(未知すぎて)、
漠然としたものだったので、読んでみてよかった
と思う。

この本を読んでみて私なりに学んだことを
結論から言ってしまうと、それは
「死について考える暇があったら、生について
一生懸命考えろ」というものだ。

孔子の、「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らんや」が1番私にとってピンとくるが、
つまりは、今現にいる生についても理解がままならないのに、死について知ろうと思っても無理じゃないかということだと解釈している。

死ぬということは、生きている人には誰にもわからないこと。だって、経験してないんだもの。
でも、死が必ず存在することは、死体を目にすることで理解できる。
でもそれは、死そのものではなくて、死というものによって生じる残骸あるいは物体。
死が何かという解にはなり得ない。

そして、生と死はセットで考えられる場合が多いが、ところによっては、それは全く個別に存在するもの。
生は生として存在し、死は死として存在するもの。
死を恐れて生を生きるのではなく、生を精一杯生きればいいのだ。
大抵死を恐れている時というのは、精一杯生きていない時で、精一杯生きているときというのは、
そんなことを考えている暇はないとのこと。
確かに、普段の生活で死について考えるって、
結構暇を持て余した状態のような気もする。
だって、日々の生活ではもっと色々考えたりやらなきゃいけないことがあるからね。

では、精一杯生きるとは、どういうことか。
それは、手帳を予定でぎっしり埋めることでもなければ、カレンダーとにらめっこすることでもないとのこと。
精一杯生きるとは、自分のために、一生懸命取り組むということ。
会社のためとか、お金のためとか、地位のためとか、そういったもののためにあくせくすることでは決してないのだとか…。
自分の魂を磨くことに一生懸命取り組むことこそが、精一杯生きるということ。

うーむ、なるほど。
社畜にならなくていいということか、それはすごく
気持ちが楽になるメッセージだ…。
将来のために今を犠牲にする生き方も、
個人的には好きではないので、この内容は
とても嬉しい。

自分は将来どうなりたいのか、なるのかと
悶々と考えていたが、それは必要なく、
「今」をどう生きるか、それも自分のためにどう
生きるかのみに注力すればいいと知って、
なんだかホッとした。

過去と現在と未来を、無理やり繋げる必要はないのだから…!